きわめて一般的な日常

きわめて一般的な日常を綴っていたはずなのですが、いつのまにかアニメやゲームの話ばかりになっていました

FORTUNE ARTERIAL 〜赤い約束〜 第06回 『手紙』

わたしの経験からすると、美化委員と言えば体育委員と並んで人気のない委員会活動の一つです。
そりゃそうです。自分の部屋でもないのに掃除なんてしたいと思うひとはいませんもん。



児童生徒の先頭に立って学校中の掃除をしたり*1、放課後に学校周辺の空き缶拾いをボランティアで行ったり、どう考えてもおもしろい活動じゃありません。もっとも、一部の生徒にとっては、内申書を良くするための格好の狩り場ではあるようです。


うん、そうです。一番嫌われそうなのは風紀委員会だとわたしも思います。だけど、実はわたしは実物の風紀委員会を見たことがないんですよねぇ。
通った小学校から大学院までどこにもなかったし、教育実習で行った学校にも現在勤めている学校にも、ぜんぜんありません。決して空想の存在じゃなくてあるところにはあるのは知ってるんですけども。
そだね、生徒会の仕事に入ってる学校が多いんじゃないかな。いま勤めてるところもそうだ。ボタンを外してるとか防寒着のデザインがどうとか、教師の仕事を手伝う形で風紀委員ぽい仕事をしてますね。



で、この姉妹は、姉が風紀委員で、妹が美化委員と。どんなマゾ姉妹だ



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自分を犠牲にして誰かを幸せにしたとしたら、幸せになった誰かは幸せなんだろうか。


幸せなんじゃないかなぁ。


ってこれじゃ話の流れ全否定だ!
や、別に否定しちゃいけない理由はないからそれでもいいんですけどね。さすがに説明不足だからもう少し続けよう、うん。


自分を犠牲にして誰かを幸せにすることが悪、とは思いません。犠牲って言葉は悪いけど、子を持つ親御さんなんてみんなそんな気持ちでしょう。たまに「自分のやりたいことをすべてやれ。子供の犠牲になる必要は無い」なんておもしろいことを言う有名な方もいますけどね……何かを得るためには何かを犠牲にしなきゃいけないのよ。犠牲にしたくないなら何も欲しがるもんじゃないのよ。


と、ずれた。


あれだ。
まず自分が幸せになろうよ。そしてその幸せを誰かに分け与えようよ。それが一番だと思うんだよ。
その分け与える部分を“犠牲”と考えれば、すべてはうまくいくじゃない。



自分の恋心を隠して誰かに思い人を譲ったりしちゃだめだよ。
正々堂々と*2戦って勝って、その後に誰かの別の恋を応援してあげればいい。
正々堂々と戦って負けて、誰かの恋の成功を遠くから祈ってあげればいい。


やっぱりうまくいっていれば余裕も生まれるもんね。
ぎりぎりかつかつの状態で誰かに譲ってばかりいたら、自分が壊れちゃう。


そう思うわけです。

*1:お役人の委員会ならば自分たちは何もしないでみんな民間の下請け業者にやらせるところでしょうが

*2:まあこの手のことなら抜け駆け上等ですけども