きわめて一般的な日常

きわめて一般的な日常を綴っていたはずなのですが、いつのまにかアニメやゲームの話ばかりになっていました

うさぎドロップ 第11回 『はじめの一歩』


りんが床を離れるのと時を同じくしてコウキママが風邪で寝込んでしまった。苦労性のりんは、自分の風邪がうつったせいに違いないと、小さな胸を痛めてお見舞いに出向いたが、彼女は少女のそんな思いさえ包み込むように「心配ないよ」と笑顔で出迎えた。




縄跳び大会の練習。そして優勝。子供の歯が抜けて大人の歯が生える。背もこんなに伸びた。
おばちゃんにおじちゃんにおねえちゃんに、空から見守ってくれているおじいちゃんに、数え切れないほど報告したいことがある。


おじいちゃん。わたしね ──



わたしもうんざりするほど子供と接する生活を続けておりますけれど、親の苦労はとんとわかりませんですわ。ただ、たまに保護者と接したときに思うのは、たいていの親御さんは楽しそうなんですよね。傍から見ると苦労なんだけど、それすら生き甲斐と言うんでしょうかね。ああ、強ぇえなぁ、そう思いますよ。生意気盛りの子供の親だもの。腹も立つことは多いでしょう。実際に衝突することも少なくないでしょう。そんでもなぁ、やっぱすげえですわぁ。


今時の社会情勢を見ればそれが普通と言うのは反感を買うかもしれないけど、あえて言う。
やっぱ、ホントの意味で大人になるのってさ、親になることだと思うんよ。自分の力で一つの命を独り立ちできるまで育て上げる覚悟ができて、まず一人前。スタートライン。そこから続く苦労の連続を乗り越えて、実際に子供が手を離れたとき、誰に対しても胸を張って大人だと誇っていい存在にようやくなれるんだと思う。


すげーです。世のおとーさんおかーさん方。
もちろん自分の両親にも感謝を忘れませんです。



△▼△



子供との生活は毎日が驚きの連続なのかもしれない。ふと気づくと別人のように大きくなった我が子が目の前に立っている。
親だって驚きの存在だ。自分を子供の“犠牲”にして、自分の時間をお金を、“自由”を引き替えにして、新しい命を育んでいくことが当たり前だと、それこそが自由なのだと、笑って言える。


ダイキチには、まだわからないことだらけだ。
それでも一つだけ言えることは、りんと二人で暮らしていくことこそが、彼にとっての自然で、自由な選択なのだと、そういうこと。


最終回。
だけど、何も終わることなどなく、むしろこれから始まる一歩を、りんとダイキチはようやく踏み出したところ。




さあ、終わりです。



コウキママが色っぽい。
りんちゃんかわいい。
おとーさんズ頼もしい。
コウキフリーダムすぎ。


絵的にも見どころの多いなかなかのラストでした。
ほぼ原作の一部を使い切って過不足なくまとめた傑作に仕上がっていたんじゃないでしょうか。


ずっと前に言いましたけど、うさぎドロップの原作マンガは二部構成になってます。
今回アニメになっていたのが第一部「小学生編」で、第二部はいきなり10年飛んで「高校生編」になっていたりします。


第二部に関してはホントに賛否両論が真っ二つで、おまけにわたしは否側に与しているので強くオススメはしませんが……まあ、これ以上は語りません。気になりましたら読んでみてください。


では、スタッフの皆様お疲れ様でした。
毎週楽しめた11回です。次回もいい作品を期待してます!