きわめて一般的な日常

きわめて一般的な日常を綴っていたはずなのですが、いつのまにかアニメやゲームの話ばかりになっていました

人類は衰退しました 第07回『妖精さんたちの、じかんかつようじゅつ』


「検査入院から退院することになったという助手を迎えに行って欲しい」
おじいさんに頼まれた<わたし>がしぶしぶと待ち合わせの場所へと向かう道すがら、妖精さんがお裾分けしてくれたバナナを口にしたことがすべての発端でした。
見覚えのある大勢の品のある女性。なんども訪れているような気がしてならない林の中にしつらえられたキッチン。そして、バナナの皮。何度も何度も同じ事でしかられている気までしてきます。


間違いない。妖精さんの仕業だ。
それはわかる、でも、なぜこんなことを?


……え、お菓子が食べたいだけ? マジ?


これは、助手さんとの出会いのお話。
バナナで始まり、バナナで終わる、過去から切り離された優しい空間の物語。


バナナで始まる恋もある、なんて言うと、何らかのメタファーだと勝手に思い込んでアダルトな雰囲気を醸し出してくれそうな予感がします。
しませんか、そうですか。



さて。
なんともわかりやすいような、さっぱりわからないような、ぶっちゃけ悩まされるお話でした。
考え始めるとどこまでもキリがなくなると感じませんでしたか? それを見越して別に何でも無いことを思わせぶりに描いているだけかもしれませんけれど。


過去の<わたし>、いまの<わたし>、未来の<わたし>、と分けてみた場合、いまの<わたし>のみが突出して異端に見えるのですよね。
過去の<わたし>とおぼしき彼女たちの余裕もそうだし、未来の<わたし>と思える彼女たちの集まりもそう。いまの<わたし>のみが使命を忘れずかつ自分は自分だけだと認識しているように見えた、と、そんな感じ。


集められた<わたし>がざっと100人として、100回繰り返した<わたし>とはじめてだった<わたし>の間につながりはあるのでしょうか。妖精さんに寄ればあの場所は過去から切り離されて覚えていることのできない場所だと言います。であれば、1回目と100回目に違いはあるのでしょうか。


などと、例によってらちもないことを考えながら、<わたし>の人見知りというか、グループへの異物の混入を嫌う性質というか、マイペースで変化を嫌う部分に強い共感を覚えてしまったといいましょうか。こういうのって、誰とでもすぐに仲良くなれることと矛盾はしないんですよね。壁を堅持したまま仲良しするのなんて簡単ですもの。



ところで。
助手さんは言葉を知らないままに成長を遂げた希有な人生を歩んでいるそうな。でもだからといって知性が低いわけではなくて、むしろ並より高いくらいだそうな。
言語に寄らない思考。それはつまりは動物と同じなのでしょうかね。人と同レベルに賢い犬がいたら、助手さんのようになるのでしょうかね。今回登場していた犬は、そういう意図があったのでしょうかね。


よくわかりませんけれど。


そんなところで、今回は終わり。
では、また。