きわめて一般的な日常

きわめて一般的な日常を綴っていたはずなのですが、いつのまにかアニメやゲームの話ばかりになっていました

人類は衰退しました 第08回『妖精さんたちの、じかんかつようじゅつ』


繰り返される<わたし>の濃ゆい一日。
もう何度目の周回なのかわからないくらいに同じ事を続けている気がするけれど、そのたびに少しずつ何かがわかっていっているような気もする。
だけど、そもそもすべてが気のせいなのかもしれないね。


何度も怒られた甲斐があったね。ようやく定まったよ。
はじめまして、助手さん。


不確実 不明瞭 純然たる無個性 完全なる無色透明


助手さんを“知る”ものたちは、皆一様におなじような形容を口にします。



人であれ、ものであれ、事件であれ、あらゆる現象は誰かに認識されることではじめてそこにあるとする考えがあります。
その伝でいうならば、助手さんはこれまでずっと世界のどこにもいなかった男の子だと言えましょう。自分では主張の仕方すらわからないあいまいな自己は、周囲の認識を大きく妨げ、目の前には何もないものがある、と助手さんの主観からすれば曲解されるに等しい状況となります。


そういえば、似て非なるものに、影が薄いのが個性だ、とする美少女超能力雀士の例がありますね。
影が薄いと周知された時点で、それは大きな存在感になってしまう矛盾をはらんだ考え始めると無限ループに陥りそうな難しい問題はまあ、どうでもいいか。


で、自分がない、自分で自分を作れない、とすれば、これはどうすればいいのか。
これ、実は簡単なんです。周囲の『こうあって欲しい』とする期待に応えればいいだけ。
自分がない? 誰かの敷いたレール? 押しつけ?


けっ。


なにバカ言ってんのか。それに従うのも反発するのも、どちらも自分があればこそなんですよ。
女の子にもてたいからスポーツにいそしむのも、そんなのバカらしいと思って好きなことだけに取り組むのも、どっちも自分の選択でしょう。
すべてはそういうものなんですよ*1


だから、今回。
周りの噂や期待を元に“自分”を作り替えた助手さんは、誰に何かをされたわけじゃない、自分の個性を自分で作り出しただけなのですよ。
いい話じゃ無いですか。こういうのを成長といわずして何というのか。


誰かに好きになってもらうために自分を変えるって、素晴らしいじゃあないですか。



△▼△



そんなわけで、ちょっといい話だったのかもしれない。そうでないのかもしれない。
どちらでもありどちらでもないような、何度目かのはじめましてのエピソードでした。



乳をもまれたり*2おしりを触られたりほっぺにちゅーされたりと、今回の<わたし>のドクからのセクハラ大被害には心から同情いたします。
こういうのはたいがい相手によって反応は違ってくるものだとはいっても、現代とは違った衰退しきった未来での貞操観念は今とは大きく違うわけなのでしょうか、初対面の相手からのセクハラとは思えないソフトなかわいらしい怒り方に、ついついつきあい始めたばかりの初々しいカップルの姿を重ねずにはいられませんでした。
あるいはこれも、何度目かの逢瀬でどんどん慣れていったがための結果だったのでしょうか。すべてを見通すことのできないわたしには類推するより無いのでありますが。


……で、口を開けば福山だった助手さんのだじゃれセンスはキライじゃないです。


愛犬の名は『タイムパラドッ』ですよ。
キライじゃないです。実にいい。


そんなわけで、また来週。
なんかお盆にいろいろあっていろいろ無くて、疲れました。

*1:だからって「俺はレールに乗ってるぜ」と誇らしげに語られてもかっこわるいですが

*2:たわみ方がムダにリアルだった