きわめて一般的な日常

きわめて一般的な日常を綴っていたはずなのですが、いつのまにかアニメやゲームの話ばかりになっていました

夏雪ランデブー 第09回


篤は、生前に六花と最後に出かけた思い出の場所である高尾山を、亮介の体を借りて黙黙と登っていく。そして、予感に導かれるようにここまでやってきた六花がその背中に追いついた。そこには、篤の古いスコップで大樹の根元に“夏雪草の鉢植えの中身”を植え替えている誰かがいた。そこには、声をかけても振り向くことのない男の背中があった。
そして……沈黙に耐えられなくなり、走って逃げ出した後ろ姿は、決して六花が見間違えるはずのない、走り方も知らないままに大人になってしまった愛しい男性のものだった。


一方、今回は眠り六花姫にデレデレしながらを亮介の意識がたゆたっている絵本の世界も、篤の意識が亮介の身体の中で生きていることを六花がはっきりと認識したためだろうか、大きな変化が現れてきた。ついに待望の<王子様>の登場だ。

誰もが生まれながらに手にしているような、特別でも何でも無い当たり前のものを、彼はもらうことができなかった。
死んだ後に、ようやく一時的に自分のものとすることのできた、その“当たり前のもの”に、嫉妬と憎しみを覚えずにはいられなかった。




篤が走るときの腕の振り方を見てまず思ったのは「古いコメディアンの持ちネタにこんなのあったな」でした。
そのくらいに変な走り方なんです。誰もが嘲笑を誘われそうな、滑稽で珍妙な走り方なんです。
小さな頃から一度も体育に参加できないほどに体が弱かった彼は、前後に腕を振って走ることすら学べていません。自己流でとりあえずバランスを取って走ろうとする姿が、そうなっているようなのです。
実際のところ、知識として持っていれば腕の振り方くらいは誰だってできそうな気はするものですけれど、ボウリングのフォームを知ってはいてもうまくできないわたしとしては、あんまり強くは言えないところです。あるかもなぁ、って感じ。


ああ、照れ? そういうのもあるのかも。今更そんな真剣な走り方なんて〜……って。



△▼△



さて、いよいよ六花は、死んだ夫の魂がよみがえって亮介の体の中にいる、と確信したように見えます。
なにせ、情況証拠は売りに出せるくらいにそろっています。どれだけ亮介が自分を見ていたとしても、仮に篤を演じて六花を騙そうとしたとしても、生前の篤と六花しか知らないことができるはずがありません。言えるはずもありません。


こうなるとどうでしょうね。
たとえば、篤が亮介の体を完全に乗っ取ってそのまま人生をやり直す、という道。それが可能であればどうでしょう。
篤は、六花は、どうするでしょう。


わたしが六花ならどうかなぁ……まだ篤の方を亮介より好きなら、悩むことなくその道を選ぶかなぁ。それが亮介を殺すことだとわかっていたとしても。
逆に亮介の方が好きになっていたらどうだろ。だからって篤をキライになるわけじゃないもんね。その体から出て行けと言える? 言えない、よなぁ。


ああ、でも、わたしが篤の立場なら、マジで迷うことなく体はもらっちゃうね! やっほう! 若くてぴちぴちな肉体ゲットだぜ


そんな感じ。ええ、わりとひどいですよわたし。


では、また来週。