きわめて一般的な日常

きわめて一般的な日常を綴っていたはずなのですが、いつのまにかアニメやゲームの話ばかりになっていました

天体のメソッド 第13話『はじまりのそらから』

全13話、綺麗に終わりました。
綺麗……というより、時間を贅沢に使って巧みに組み上げられた、一分の隙も無い完成品として幕を閉じた、の方が適切な表現でしょうか。


ノエルの絡んだことすべてが無かったことになってしまった巻き戻された世界。
そこは、運命付けられていたはずの乃々香たちとの別れを、心の深い部分で拒んでしまったノエルが作り出してしまった、イレギュラーな世界なのかもしれません。
それは、彼女の意識的な行動か無意識下でのことなのか、あるいは、彼女の上位に存在するなにかが引き起こしたものか。

最後までノエルが何者か語られることがなかったこの物語では、確信の持てる部分ではありません。


そう、彼女は“円盤”だと自分のことを言っていました。
だけどそれは彼女の本質じゃありませんよね。円盤という形を取った何者なのか、が問題です。
円盤のAIなのかもしれないし、円盤でやってきた宇宙人かもしれないし、地球産の妖怪かもしれない。もっと大きく天使や神様なのかもしれない。

ううん、それすらも本質じゃない、かもしれないな。



空に円盤の浮かんでいない『この世界』に、ノエルは戻ってきたのだから。



△▼△


この物語は、11話でノエルと笑顔で別れて終わりでもよかったと思うんですよ。
最初に一分の隙も無いとは言ったものの、むしろ『綺麗に』と考えるならその方がベターだったとすら思う。

もしそこで終わっていたとすれば「ノエルは何者か」との疑問を頭に浮かべることもなく感動の涙でいっぱいになったわたしは、二週間くらい前の最終回11話のエントリとして「文句なしの名作でした」とか、書いていたことでしょうね。


それにもかかわらず、翌週からほぼまるまる二話分を使ってノエルの存在すら忘れ去られた霧弥湖町を描き、最後の最後にノエルが戻ってきた途端に完結させる意図はなんだったのか、を考えてみるに……いろいろ思い浮かびはするけれど、どれもこれもしっくり収まらないんですよ。


や、ちがうのかなぁ。
『そこで終える』って発想から間違っているのか。

みんなと居たいとする願い。いずれの『みんな』にもノエルが欠かせないものであること、ノエルが叶えるべき願いにはノエルがここにいなければならないものだとすること。つまりは単純にそこまでお話が組まれていただけの話で、特段に『続けた』わけじゃないのか。


ここ、分割して考えるかどうかで、だいぶ意味が違ってくると思うんですよね。


う~ん。ま、いいか。
深い考察とかそういうの苦手だし。



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すべての要素に関して高いレベルで終始安定していた作品です。
お話はもとより、絵のクオリティや曲もすばらしかった。
OP曲もED曲も買いましたよ。毎日のように聞いてます。


こんなオリジナル作品が作られている限りは、日本のアニメは終わらない。そう思わせる力の入った作品だったと思います。

スタッフの皆様お疲れ様でした。
またぜひ、すごいの作って見せてください。期待しております。


では。