深夜、アイラは目を閉じたまま突然涙を流しはじめたかと思うと、ツカサのもとへと駈けだしていく。まるで悪夢に怯えた幼子が母親にすがりつくような、そんな姿。

うれしさを知ることは悲しみを知ることでもあり、しあわせを得た者にはそれを失う恐怖も必ずつきまとう。


刻一刻と近づいてくる別離の刻。


二人は、その日まで、今まで通りに暮らそうと約束をした。

きっと、それこそが、二人の特別なのだとわたしは思う。
ツカサとアイラも、そう考えたのではないだろうか。


アイラが手間暇をかけて育てきた、事務所の裏のプランターに植えられたたくさんのハーブ。それらの手入れの仕方を、ツカサは彼女の澄んだかわいらしい声で一つ一つ教わっていく。

きっと知らない者が一見すれば、恋人同士の優しい時間としか映らないだろう。

ある意味それは正しい。いや、事実その通りなのだろう。
裏に込められたもう一つの意味が、実は、つらく悲しい遺言だとしても、そのことでこの時間がうそになるものではない。


ペアとして最後の任務となったとなったサラの回収の直前に、ツカサはアイラの目の前で、一枚の書類に震える手でサインをした。



水柿ツカサ


そう、署名をした、たった一枚のぺらぺらの紙切れは、ツカサにアイラとの別れを強制する回収同意書だ。本来こんなものをツカサが書かなければいけない責任はないのだろう。

だが、カヅキの優しさと厳しさが、それをツカサに求めた。

アイラは静かに微笑んで、ツカサにサインして欲しいと言った。
もし、アイラがツカサに一緒に逃げてくれと言ったら、逃げて欲しいそぶりを少しでも見せたら、恐らくツカサはそうしただろう。


でも、だからこそ、アイラは微笑みながら優しく彼を抱きしめたのかもしれない。いまでもつらい思いをさせているのに、これ以上はムリ。


△▼△


なまじ、直接的に沈んだ顔を見ることが少ない分、じわじわと効いてくるボディーブローのようにつらさが響いてきます。

いよいよ次回が最終回ですか……どのようにこの物語は締めくくられるのか、楽しみでもあるし、寂しくもあるし、なにより、ちょっとこわいです。


予想通りの結末でもいい。
予想外すぎる結末でもいい。


ただただ、最後にやらかすのだけは、無しにして下さいね……。


という、感じでしょうか。