きわめて一般的な日常

きわめて一般的な日常を綴っていたはずなのですが、いつのまにかアニメやゲームの話ばかりになっていました

迷い猫オーバーラン! 第11回 『迷い猫、割れた』

まあそうですね。やはりこのエピソードで〆るのが順当でしょうね。
原作を読んだひとの大方の予想通りじゃないでしょうか。


ブルマ派 vs スパッツ派

決してわかり合えることのない両者。これ以上ないまでの宗教戦争。血で血を洗う争いは避けようがない運命。誰もが己の信念のために否応なく命を賭さねばならない逃げ道のない不条理。



「ブルマでもスパッツでもどっちでもいいじゃん!!」


(ノ∀`)


だめだこういう男は。


ここではっきり言っておく。
この国ではなぜか中立*1が尊ばれる傾向にあることは確かだ。


だが、中立は立派でもえらくも正しくもない。


単なる選択の一つ。それだけ。
選択の結果として中立を選んだのならそれはいい。尊重したい。
が、まず中立ありきで考えるひとが多すぎることがわたしは間違いだと思う!!


ぶっちゃけどっちでもいいですけどね!!


閑話休題。


で、今回の気になったシーンはここ。
希がえさを食べにきたネコを追い払い「お皿の上の幸せには限りがあるから」とネコに謝りながらつぶやくシーンです。


ここね、原作では、自分の分を食べ終わった成猫が、子猫の皿のえさまで食べようとしたのを、やめさせるところなんですよね。


が、アニメだとちがう。


まだ何も食べていないネコを追い払っているように見える。どうしても納得できなくて何度も繰り返して見たけどやっぱりそう見える。


どうなんだろう。わたしにそう見えるだけで、原作通りのことをしていただけなんだろうか。
それとも、アニメはアニメで別の意図があって、希に一匹のネコを飢えさせるようなことをさせたんだろうか。


できれば前者であってほしい。
自分の境遇とネコの皿を重ねていたとしても、希がそんなことをするような子でないことを祈りたい。
ああ、でも、そうか。小説のように地の文で補えない希の内心の成長をアニメなりの手法で描こうとしてるのかな。なら、来週にフォローがあるね。うん、判断保留。


さておき、わたしもネコを飼ってますからね。追い払われたあとのいじけたようなまるまり方にはすごく覚えがあって、とても切なく悲しくつらい気分になりました。


えぐえぐ。


次回で最終回ですね。いろいろあったけど、やっぱり好きです、この作品。
好きなままで終われるといいな。

*1:往々にして自称にすぎませんが