きわめて一般的な日常

きわめて一般的な日常を綴っていたはずなのですが、いつのまにかアニメやゲームの話ばかりになっていました

薄桜鬼 〜碧血録〜 第22回 『夢幻の薄桜』

史実によれば、土方歳三はあまりにもあっけなくその生涯を閉じたことになるようです。
──野戦中に流れ弾に当たって即死。
それまでの波乱に満ちた生き様を振り返れば、よけいにその命のはかなさが際立って見えるのかもしれません。



だからこそでしょうか。そこに、創作が入り込む余地が強くあります。


たとえば『修羅の刻』では、戦死直前に一人の剣士として格闘家の陸奥出海と死闘に臨んでいました。
そしてこの『薄桜鬼』では、撃たれたあとに一匹の鬼としてもう一匹の鬼と決着をつけるべく、命の最後の灯火を燃やし尽くすように剣戟に及びます。


驥を学ぶは驥の類ひ、舜を学ぶは舜の徒なり。
偽りても賢を学ばんを、賢といふべし。


まがい物の侍、まがい物の鬼……いくら誹られても“誠”の旗を掲げ自分のすべてを注ぎ貫いてきた生き方は、いつか誰もが本物と認めざるを得ない強固な物となる。


土方歳三をまがい物の侍と呼ぶものはもういません。
そしていま、まがい物の鬼と呼ぶものもいなくなりました。
彼は、純血の鬼に本物と認められて、鬼としての名をもらいます。




──薄桜鬼




正直なところ、あまりにも唐突すぎるラストだとの思いは尽きません。
土方が亡くなった後に五稜郭がどうなったか、近代日本の幕開けはこんなものだ──千鶴が語って終わると思っていたし、そうするべきだとも思っていました。



だけど、そうだ、そうなんだよ。なんで忘れてたんだろう。
千鶴が戦っていたのは幕府のためでも日本のためでもないんだよ。あくまでも土方のためだったんだ。
そう、千鶴の語る物語は、土方の死とともに終わるんだ。それが正しいんだ。


なんとなく、そうも思います。



ん。旧幕府側は惨敗しちゃったけど、新撰組が命がけで戦ってきたことはぜったいムダじゃない。
彼らの犠牲の上にいまのわたしたちがあるんです。


そんなことを心の片隅にちょっとだけ置いといて、毎日の生活を明るく楽しく精一杯過ごしましょう。


うむうむ。おもしろいアニメでした。たぶんDVD買うよ〜。
今回の二人のキスシーンとかマジどきどきもんだったし……ぐへぐへ。