きわめて一般的な日常

きわめて一般的な日常を綴っていたはずなのですが、いつのまにかアニメやゲームの話ばかりになっていました

フラクタル 第04回『出発』

出発。ヤンキー風に読むとデッパツ!!
や、好きなんです、これ。ヤンキー語って大好きなんです。
あれ、なんせテンポがいいんだなぁ。打てば響くような、ツーと言えばカーのような。
とにかく、会話のキャッチボールに適した言葉だと思ってます。おすすめ。


勧められても困るか。わたしもぜんぜんできないで言ってるし。


さて、そんなヤンキーな彼らとは別世界の住人と言っても過言ではない、純粋培養された争いを知らない子供たちもいます。
彼らはおよそ例外なく裕福な家庭に育ち、優しく暖かい箱庭の中で何不自由することなく高度な教育を受けることができます。外の世界の汚い物はすべて大人たちが覆い隠し、つらいことも悲しいこともすべてお話の中の出来事に過ぎない“幸せな”子供たち。



まあ、相当に極端なこと言ってますね。
たとえば、実は争いも茶飯事なんですよね。紙の上でのみ、ですが。勝敗は数字の高低のみ、ですが。


あははは……これまた極端だわ


で、クレインを含めてこの世界の住人は、だいたいそれ以上に“幸せ”な生活を送ってるんだと思うんですよ。
紙の上での争いすらない箱庭の中のゆりかごで、たとえようもない喜びに満ちた夢を見続けているような、そんなん。



△▼△


いわゆる無差別テロでもやらかす輩なら悩むこともないのですが、そうでない場合に、テロリストと反政府軍の区別って、どうつけるんでしょうね。体制と戦う民主的な手続きが用意されていないためにやむを得ず*1の武力蜂起はどう判断すべきなんでしょうね。


グラニッツ一家はどうなんでしょうね。
多くの人はフラクタルシステムが崩壊することを望んでいないのは間違いありません。でも、定期的に敢行される星祭りという名の洗脳集会が、人々から是非の判断をする力を奪っているのもまた事実です。それは彼らが大義名分として十分なものだとも思います。


身も蓋もない言い方をすれば立場次第でどうとでもかわるってとこかなぁ。



して、ん。まあ、そうね。
わたしは別に宗教はキライじゃないし、信仰は尊いものだと思う。
信仰を守るために戦うのもアリだと思う。信ずる神の違いで迫害など許してはいけないと思う。


ただ、気に入らないのは、神の名の下に処断とか言うやつね。
人の責任でやれよ!って、思いません? それこそ神への冒涜じゃないの? って。



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あー、今回の脱線ぷりすごいなわたし。


ふー……。
ネッサの脳天気っぷりが唯一の救いになってきた気がするフラクタルは、来週はお休みのようです。
再来週を楽しみに待ちますか。

*1:したと主張している、と付け加えておくべきでしょうかね