きわめて一般的な日常

きわめて一般的な日常を綴っていたはずなのですが、いつのまにかアニメやゲームの話ばかりになっていました

放浪息子 第04回『私の名前をあげる』

また水着回(ry
いえ、なんでもないです。



って、一応貼ってみましたけど、こんだけ起伏がない子ばっかりじゃサービスにもならんですかね。どうなんですかね。
貧乳は希少価値だって名言もあるけれど、あれは未発達とはまた違う意味だろうからねぇ。



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男の子になりたい女の子は、女の子になりたい男の子に向けてこう言いました。



わたしの名前をあなたにあげる。だからあなたの名前をわたしにちょうだい


名前の持つ意味って実はとても大きいものです。
生き物でも、そうでないものでも、名前がなければこの世には決して存在できません。
また逆に、名前をつけられたとたんに、いままで誰にも意識されていなかったものが、突如目の前に“実体”として存在を許されるようになります。


わかりやすい例で言えば、そうですね『セクハラ』とか『サービス残業』とか。
これらは言葉の輸入品です。発明品です。ずっと昔はそんなものどちらもこの国にはありませんでした。
や、あったんだけど、誰も気づいていなかったから無いと同じだったんですよ。


最近うるさいことを言うやつが増えた。昔はそんなこと言うやつはいなかった


当然です。昔は誰も存在に気づいてなかったんですから。


さて、話は戻って。
自分の名前を他人にあげるということは、他人の名前を自分の物として使うということは、いったいどういうことを意味するのでしょう。完全なる自己否定?


うーん、ただ、二鳥修一くんにしても、高槻よしのさんにしても、そこまで深く意識はしていないと思うんですよ。強い変身願望が軽い自己否定に繋がっている程度で、本気でどうこう考えている段階じゃない。言ってみればごっこ遊びに近いような? その程度だとは思います。


だから、わたしがこのシーンで気になったのはそこではなくて、二人の間の温度差なんですよね。


二鳥くんには言うことすることかなりの部分で真剣さを感じるのに、高槻さんの方にはそれがないんです。半ば冗談でやっているような、もうほとんどあきらめている自分を自覚して自嘲気味に……そう。さっきも言ったごっこ遊びに興じているように、そう見えるんです。


というより、彼の求めている物は女性化で、彼女の求めているのは男装なのかも。
最初はともかくそう変化してきているのかも。とか。


まあ現時点じゃそこまでわかんないですねぇ。
長い原作をざっくりと省略しているから、アニメだけ見ているわたしだととわかりにくいとか聞きましたしね。
でっかい勘違いしてるかも。


よし、今週はこのへんで。
えっと、来週はお休みで、再来週を待つと。



いきなりですが、わたしは千葉さんの一途で身勝手な恋を全面的に応援しています
あと、担任の先生がダメすぎると思います。あんな貼り付けたような笑顔で、さも君たちのことはみんなわかってるよ的な物言いばっかりしてたら、なんだこいつとそっぽ向かれて終わりです。子供たちの大人への値踏みは、寒気がするほど冷酷ですもの。