きわめて一般的な日常

きわめて一般的な日常を綴っていたはずなのですが、いつのまにかアニメやゲームの話ばかりになっていました

これはゾンビですか? 第06回『そう、私は死を呼ぶもの』

言葉一つで誰かの命を奪える力を自分の物としたら、果たして人はどう思うのだろう。


圧倒的な無敵感?


デスノートのキラがちょうどそんなタイプかもしれない。
彼は、己のゆがんだ正義の遂行のために、躊躇無く力を使い続けることのできる心の“強さ”を備えていた。


途方も無い空虚感?


本作のユークリウッド・ヘルサイズがそうなのだろう。



フルアーマー魔装少女キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!


……失礼。
彼女は決してそんな力を求めてはいない。
言葉の重さを誰よりも深くその心の奥底で理解しながら、それとは逆に言葉に軽さを求めているのではないかと思う。
以前にハルナを叩いてまで『死ねなどと軽々しく言うものじゃない』とたしなめたのは、もしかしたら、冗談で『死ね』などと言えてしまうハルナをねたましく思った部分も多少はあったのではないか。そう思う。


何度でも起き上がって襲いかかってくる“命を喰った少女”が目の前にいる。
もうすでに、ユーは彼女を何回……何人の人間を言葉だけで殺し続けているのだろう。



ほしくもない力。それなのに捨てることのできない力。その力を求める者から狙われ続ける生活。
年頃の少女にどれだけ強大な力があろうと、友達と冗談の一つも言い合えない暮らしに、幸せなどあるはずもないと思う。


でも、そんな彼女にも友達はいた。



この世界の人間なんてどうでもいいのに、根暗マンサーがやられたってだけで、胸が焼けるって言うか、無性にあいつをぶん殴りたい!!


ユーの痛みを自分の痛みのように感じてくれる友達がいる。
ハルナだけじゃない。歩も、セラもそうだ。
いままでどうだったかはわからない。でもいまのユーは孤独じゃない。
幸せ……かどうかもわからないけれど、少なくとも孤独じゃない。
それは、すてきな事だと思う。



△▼△


決着の時が来た。歩を殺し、他の多くの人々を無残に惨殺していった京子が裁かれるときがきた。


ありがとう。キミに殺されたおかげで人生が変わったよ。だから……



……今度はキミの人生を変えてやる


こえええええ!!
淡々と言うからなおさら怖いです。平たく言えば『おまえを殺す』ですよしゃれてますよ歩!


墓場に響く断末魔の叫び。いくつもの命を奪い、いくつもの命を吸い、いくつもの命を持った少女の、何度も繰り返される死の絶叫。


だが、その命もあと一つ。
いよいよ、最期の時。これが最後の命。


キミは、身勝手に人の命を奪いすぎた。償わないと
いや……死にたくない



みんなそう思った。俺だって! 終われ! 何もかも!















えええええええええええええええ!?


ぜんぜん驚くところじゃないですか?
うん、アニメの方だけを見ている人たちには、恐らく想像通りの展開だったんじゃないかと思います。
でも原作を読んでるとまあびっくりなんですよ。



原作の方ではね、歩は容赦なく京子を殺すつもりだったのに、大先生のじゃまが入ってそれを果たす事ができなかったんです。さらにじゃまされてもそこであきらめたりせずに、大先生に戦いを挑んでまで京子を殺そうしたんです。
それが、アニメの歩ときたら『先生ならちゃんと指導しろよな』ですませちゃってるんですよ。


いやぁ、わたし、これはやっちゃいけない類の改変だと思うんだけどなぁ。


もう別人ですよ。かの名作アニメ『11eyes』のキャラくらいの別人っぷりですよ。
叩かれても叩き返さないハルナくらいはアリだと思ったんですけどねぇ。
とどめを刺そうとして刺せないのと、刺そうとすらしないのは似て……いや似てすらいないと思うんですよ。


わたしはさ、アニメはアニメでいじるのは正解だと思うし、必ずしも原作通りやる必要はないと思ってるんですけど、これはなぁ……。



ん。とりあえず、棚上げしておきますか。
アニメの方がこの“歩”ならではのお話を作り上げてキレイに完結させることができたなら、そこは高く評価するべきですもんね。
変えたのはキャラの性格だけで、他がそのままだったりしたら、ちょっと困りますけども。
どちらにせよまだそこはわからない、と。



次は7話目。今回がちょうど折り返し点だね。来週以降が怖いような楽しみなような。
んじゃ、また。


今週の脳内ユーは丹下桜さんでした。