それはいまより少し前の物語。
もはや守る人間も絶えて久しいような荒れて朽ち果てかけた神社の境内に、高天原にその名を知られた名門猫神家の息女・繭が降臨しました。そんな格の高い神がいったいなにをしにこんなみすぼらしい神社に?
何のことは無い。その身分に反して日頃よりのあまりに不良な素行の数々に、ついに母神の強い怒りを買ってしまった繭は、その身に宿る強大な神力の大半を奪われた上で、天つ神の国を追い出されてしまったために落ちてきただけの話でありました。
折も折、繭はそこを根城にしているらしい一匹の雄ネコの亡霊に声をかけられます。小鉄と名乗るそのネコは、繭が本当に神だと言うなら自分の願いを一つ叶えて欲しいと頼むのです。
その願いとは、自分のためのものではありませんでした。このうらぶれた神社に足繁く通ってきては真剣に祈りを捧げて帰っていく少女の、両親を亡くしてひとりぼっちで暮らす不幸な少女の祈りにこたえてやってほしいというものだったのです。
少女の名前は、もちろん柚子。
それはいまより少し前の物語。一人の少女と一人の猫神の出会いの物語。
柚子の願いとは、家を出たまま行方知れずになったネコの『小鉄』を探して欲しいというものでした。
小鉄……そう、彼はもうこの世の存在ではありません。
まさか柚子が、とうに死んでいる自分に帰ってきて欲しいがために神社に通っていたとはつゆ知らず、彼は繭に彼女のことを頼んだのでした。自分ではもう柚子を慰めてやることすらできないから。
「方々を探したが見つからなかった。きっと気まぐれなネコのこと、どこかでよろしくやっているんだろうよ」
日を改めて、柚子にそう伝えて煙に巻くのは簡単です。繭もいやな思いをせずに済むし、柚子も“希望”を失わずに暮らしていくことができるでしょう。
でも、繭はそんな“優しい”言葉は口にしませんでした。柚子も決して望んでなどいないと思います。
なんの前触れも無くふらっと姿を消した老いたネコ。その先に何が待っているかは、ネコ好きならずともよく聞く話でしょう。柚子もそれはわかっていた。きっともう、小鉄は……そう思っていた。だけどあきらめきれなかった。
その気持ちに引導を渡すことこそが、きっと柚子と小鉄のため。
柚子の優しさが未練となって、小鉄を縛っていたんでしょう。元野良猫の流儀として屍を飼い主の前にさらすことを潔しとしなかった小鉄も、最期に柚子に挨拶が出来なかったことを悔いて迷っていたのでしょう。
このときの繭は、厳しく、そして慈悲深い神でした。
二人を引き合わせ別れを言わせることで、呪いに転じてしまいそうな悪縁*1を断ったのでしょう。
その後は皆さんご存じの通り。商売繁盛の御利益こそ無かったけれど、
千客万来の御利益はもうけっこうと言うほどの大盤振る舞いです。
いまの柚子は寂しさなんて感じていません。小鉄もきっと、柚子の心配などせず安心しきって天国で悠々自適にくらしているんでしょう。
あ、ネコだもの。ふわふわの国にいるのかな。きっとそうだね。
△▼△
このお話は、ちょうど第06回放送の『追憶アンティキティ』の少し前のお話になるのかな。
原作の方はちょっとだけショッキングなシーンがあります。
朽ちた小鉄の遺骸がね、シルエットですけど見えるんです。神社の軒下に、ね。
いつも通ってきていた柚子のすぐ近くに、ずっといたんですよね。悲しくて残酷だけど、どうしてもそれだけだとは思えないです。そこにはこの結末へと続くための救いがぜったいにあったんだと思います。
なので、可能ならそこもアニメの方でやってほしかったな、と思うんです。そこがちょっと残念。
あ、でもね、アニメの方が良かった部分もあるんだよ。ラストのゴン太やメイ子が大挙して押し寄せてくるところ。あれは原作になかったアニメオリジナルなオチ。とっても好き。
そんなわけで、今週もとっても楽しめました。
次回も楽しみにしています。
*1:柚子と小鉄の関係が間違いだったとかそういう意味ではありません。念のため。要するに未練を断ち切るって意味ですね