出演:ジョン・ハート、アンソニー・ホプキンス、 ジョン・ギールグッド、アン・バンクロフト
奇形や障害を持つ人間を見世物にすることなど当たり前。 人権意識というものが、まだまだ未熟だった19世紀のイギリス。
「母親が妊娠中に象に踏まれ、生まれてきた子供は、 この世のものとも思えぬ奇怪で恐ろしい姿をしていた──」
そんな煽り文句で見世物にされていた一人の男。 それが、エレファント・マンことジョン・メリックです。
彼を発見した外科医のトリーヴスは、 医学的な興味を抱き、彼を研究したいという思いから、 見世物小屋から強引に引き取ることにします。
そう、最初はあくまでも「発見」であり「研究」だったんですよね。
トリーヴスにとって、ジョンは珍しい症例の一つ。 学会で発表し、医学界の人々を驚かせるための研究材料に過ぎませんでした。
ところが、接していくうちに、ジョンが非常に高い知能と繊細な心を持った、 一人の人間であることに気づいていきます。 そして、二人の間には次第に友情のようなものが芽生えていくのです。
しかし、世間の目は違いました。
どこまでいっても彼は見世物。 好奇の対象であり、珍しい動物のように扱われ続けます。 彼が傷つきやすい心を持った一人の青年であることなど、 誰も考えようとしなかったのです。
「ボクは人間だ。動物じゃない!」
彼のこの悲痛な叫び。
映画の中でジョンを追い立て、嘲笑する19世紀の人々。 そして、それを映画館のこちら側から眺めている21世紀の私たち。
果たして、私たちは本当に彼らと違うのでしょうか。
時代が変わり、社会の仕組みや言葉が変わっても、 人間の本質はそれほど変わっていないのではないか。 そんなことを突きつけられているような気がします。
もうかなり以前に見た映画なのですが、 今でも強く印象に残っている作品です。
さて。
なんで突然エレファント・マンの話を始めたのかと言いますと……
今日、ハロウィンじゃないですか。
実は昔、実際にハロウィンでエレファント・マンのコスプレをしたことがあるんですよ。
まあ、そのときは紙袋をかぶってポンチョをまとった程度の、 ずいぶん簡素なものでしたけどね。
それで、なんとなく思い出して、こうしてぐだぐだと書いているわけです。
あ、今さらですが、ここは「映画ブログ」ではありません。
映画を肴にして、あまり関係のない、どうでもいいことを吐露するブログです。
その昔はアニメでも同じようなことをやっていたんですけどね。 最近はあまりアニメを見ていません。 今期なんて、なんと視聴数ゼロですよ。
ダンナは何本か見ているようですけど。
はい、早速どうでもいい話になりました。
さて、そんな『エレファント・マン』ですが、私が、
「絶対に吹き替えで見てはいけない映画」
の筆頭に挙げる作品の一つでもあります。
これはぜひ、字幕で見ていただきたい。
なぜか。
吹き替え版でジョン・メリックを演じている声優さんが、 国広富之なんですよ。
カッコいいというか、可愛いというか。 調べてみたら、御年73歳だそうですが、 今でも変わらず可愛らしい印象の方ですよね。 実はけっこう嫌いじゃないんです。
俳優さんとしては。
ところが、彼が演じるジョン・メリックの声が、 これまた見事なイケメンボイス。
滑舌もいい!
いや、もう、実に爽やかなんですよ。
声だけ聞いていたら、昔、女性オタクの間で流行った 「耳が孕む」というフレーズが、まさにぴったり。
うん、うん。
……いや、違うだろ、これ。
ジョンは重度の奇形によって、発声にも大きな障害を抱えていた人物なんですよ。
それが、こんなに爽やかで、ハキハキとしたイケメンボイスって。
どう考えても違和感があるでしょう!
ねえ? ダメでしょ、この吹き替え。
どうして監督さん、これでOKを出したんでしょう。 いや、そもそも、どうして彼をキャスティングしたんでしょう。
見ている間、どうにもそんな疑問が頭から離れませんでした。
もちろん、国広富之さんが悪いわけではありません。 声そのものは素敵なんです。 素敵なんですけど……。
そうじゃない。そうじゃないんだ。
というわけで、『エレファント・マン』を見るなら、ぜひ字幕版で。
……え? オチ?
ないよ。

